日本再生第531号 民主主義のイノベーションのための〝小さなさざ波〟を、どう発展させるか

               2023年8月7日、感想と受け止め 白川秀嗣

531号の一面タイトルは「民主主義のイノベーションのための小さなさざ波をどう発展させるか」

この小さなさざ波という言葉は前号、前前号からキーワードとして出てきているが、小さなさざ波とは何か、あるいはそれを作り出すのはどういう背景とどういう運動があるのか、あるいは小さなさざ波を、押し潰そうとする流れとはどういうものかということについて話をしたい。

前半のところは特に維新の会が、この間、国会で発言したことや、あるいは維新の会をはじめ野党の役割というようなことがどういうことなのかということを、例にあげながら、実際は現状国会だけではなくて市議会も、あるいは市民の生活も、民主主義がナチのときには街頭に出て、ワーッと叫んでくる構造ではなくて進攻している状況について。

1強他弱ということではなく、相対的多数と多弱という表現を使っている。結果的には、一定の支持層、相対的多数派の支持層を固めればいいということになるので、当然合意形成をしていくという主旨での本来のあるべき姿がない。

戦後は圧倒的の市民は、民主主義は多数決だと思ってきたが、その通りに今、多数決だというふうに押さえつけられているため、代議制民主主義はますます毀損されていくという構造になっている。その構造を進めていくと、戦前、社会大衆党が歩んだような道に歴史の教訓としてあるんだということが前半に書かれている。

後半はではそういう中で、私達は私たち自身が、どのように地域や社会を変えていくために参画をするのかということが、書いてある。

特にコロナが3年間あったので、黙っていたら自分たちの文字通り命も守れないというところまで押し込まれてはきたんだけども、その後、入管法改正やLGBT法案とか、直接目に見えないものに対しても、それはかわいそうな人、困った人の問題ではなくて、自分たちの問題だと言って、立ち上がってくる人たちが生まれた。

それは4月の統一地方選挙で女性の候補者、全員がそうだと思わないが、その様な意識を持つ候補者が当選し、また有権者の投票率は女性の方が高いということで、人権問題ということを多数派への配慮ということではなくて、自分たちの問題として考えていくということが起きている。

一方それが起きれば大きいほど、右肩上がりではないので、すでに衰亡していく時代であり、衰退していくので極端に言えば破局していくときに、そういう流れが見えない人にとって、あるいはそういう流れを阻止しようとする人は、社会的妨害物になるということになる。

最大の妨害物はもしかすると政党かもしれないが、その政党を選んでいるのは有権者である。昨日、埼玉県知事選があったが、最初から結論が見えていても、そうなることが分かっていたとしても、投票率が史上最低23%という、もう3割を切るという状態であった。

2割で決めてしまうという、ちょっとこれは一般化できないので、埼玉県のあるいは大野知事という特殊な事情があったり、自民党が対抗馬を立てないという、また4年前に自民党推薦の知事候補だった人が、国会議員になって、大野知事の応援弁士になるという状況もある。

そもそもご本人が自民党から出たにもかかわらず維新に鞍替えして、そして自身が議員として自分と対抗した知事の演説やるっていうのはさっぱりわからない。そういうことが起こるということだ。

最後に能條桃子さんが書いている、「社会を変革していくには物語、思想が必要であり、それは政党の概念と大きく離せないはずだ」政党の概念というのは、綱領である。政党がどういう社会を作ろうとしているのかということだ。「政治家になる人が、利益と相乗りする形で自民党に入党していった先に、理念や目的設定が軽視され、人々から綺麗に設定された政治が生まれ、それが政治の無関心やの根源のように見えます」と書いてある。

直近の例でいくと、例の自民党の国会議員であった人が風力発電を巡る汚職で、政務官を辞職したり、自民党離党したりして、これでは議員辞職が当然だと思うが、そうしていない。

私も、自民党の中では河野太郎が再生可能エネルギーや原発問題でものすごく熱心だったが、ある時期を通過して一切もう一切封印して、もう発言していない。

いくらそのことを聞かれても発言しないということが続いている。河野太郎を含め彼が国会で質問しておられて、私も何度も聞いていたが、質問の内容に別に違和感はない。

例えば原発の推進をするということは安全性の問題もあるけども採算性が取れないというのははっきりしていると主張されていた。

論旨は正しい。むしろ世界が再生可能エネルギーに加速しているときに日本はそこに応ずるべきではないかと。全部間違っていない。

ただ若干印象で言ったらいけないが、官僚とのやり取りや大臣とのやり取りというのは正しいのだが、合意形成を図るような空気感はない。経産省の構造に切り込んだ上でそれで、次のステージを作るような感じの雰囲気はなかったような気がする。今思えばなるほどと。

ここに書いてある通りだ。政治家になる人が利益と相乗りするような形で自民党入党した先ということだ。

これに類するものは、この前の千葉の補選で、国連の職員だった女性が自民党の国会議員になって、その後すぐに入管法改正とかLGBT理解促進法など賛成されている。

人権とか国際的基準とかは関係がないのだろうか。一体だからそのことをきちんと検証する市民の側がいなかったら、一旦、選挙で選ばれた衆議院4年間、参議院は6年そのままということになるので、ここでも結局、結果的には既存政党が応じられていないということはもちろんあるが、有権者が、というか主権者が、あるいは市民がどうどうするかということが問われていうということが、機関紙では一貫してその主張は変わっていないが、そこが展開されている。

政党政治の根幹を破壊している維新政治の行きつく先

(機関誌)冒頭の、日本維新の会の馬場代表のご発言。これ以外にも馬場代表は、もう共産党も立憲民主党もいらないと発言されている。政党は自民党が前提で、第1自民党と第2自民党がいればいいと、つまり維新がいればいいという発言もされている。

これも相当、政党政治の根幹を揺るがすことであるし、野党の存在は必要ないって言っているわけ。だから戦前、社会大衆党がそうだったように、もしくは社会大衆党が第一党になったら、そうしたかがわかんないわけで、ああしたセンセーショナルなことを意図的に言って注目を集めたいとの思惑というきらいもあるが、非常に問題である。

躍進する維新と言われているが、衆議院選挙、秋にあるかもわからないけれど、この間これらの発言以外にも、例えば、大阪万博を2025年4月に開催するということになっているが、万博なのでものすごく広大な埋立地が必要になっている。

外国から来てもらう万博なのだが、今のところ韓国以外に、参加国がないという状態である。それで埋め立ての費用1850億円、今のところでだが、辺野古と同じで、地盤がマヨネーズ状態なっている。(この土地はもともとごみの集積地)

それで本当に1850億が出せるのかとか、吉村知事は国に出してくれと言っているが国は現在のところは約束してない。あるいは資金を賄うために入場料の8000円とか7000円とかのチケットを、1400万枚を売り、そのために企業の割り当てようとしている。

ここで採算が取れると言っているのだが、全くこのままだと万博は、延期という方法もあるのだが、今のところ吉村知事は一切延期しないと言い切っておられる。一体何をされようとしているのかよくわからない。

それから、もう一つカジノ、IRのことも、同じように万博の横のちょっと広いところをつかって、やろうとしている。あそこは大阪市が開発して、要するに、カジノで民間業者に貸し付けるようにする予定だ。

それで貸し付けるときに、土地をいくらで貸し付けるかということ大阪市は、不動産鑑定士に鑑定してもらって、これ1平米いくらっていうふうにとして決める。

ところが不動産鑑定協会に頼んで、4社が見積もりをやったらなんと、4社のうち3社が全く同じ金額を提示して来た。平米単価12万円という。すぐ少し離れた土地で、20分ぐらいの距離の場所が50万円ぐらいの賃料なので以上な安さなっている。

なんで12万円だったのかという。これはだから、大阪市の担当職員と不動産鑑定協会とのやり取りがずっとメールであって、何らかの形で示唆がないとこういうことは起こらないと言われている。市長はIRは初めての事業だから考慮から外して鑑定をするようにと指示していたと言われている。

このため、このやり取りのメールについて市民団体が情報公開をしろと迫ったら、最初はいやもう消してしまいましたって言っていた。これが3月。

しかし一旦そう発言しておいて、消してしまいましたということで、終わっていたら、後から情報はパソコン上は消したけれど、外部機器のところにありましたというのをまた発表した。

何とこれが3月にわかったのにも拘わらず発表が7月だった。何故7月になったかというと、4月に市会議員選挙があったから、と言われている。

ここにも森友加計学園とも同じことが起こっていると。だから巨大開発を巡って、開発の本来の目的も時代に合っていないが、こういうやり方も含めて不透明になっている。

 選挙公約も公然とうそを喧伝する維新、高校授業料の無償化をめぐって

さらに維新の問題点を指摘すれば山にもなるが、もう一つ、2年ぐらい前から吉村知事も、馬場代表も、全国の維新の皆さんが、「大阪は全国で唯一私立の高校授業料を無料化しました」と言っている映像が沢山残っている。

しかしまだ大阪の私立高校の無償化はされてない。これほどの大きな公約違反と言うよりうそを振りまいている。

だからあのナチと同じで嘘でも100万回言えば信じてしまう。無償化していないので今後無償化をどうするのかということになるが、60万円までの、(私立高校だから、100万円など、もっと授業料が高いとこもある)60万円までは一律無料にしますと。

しかし例えば、生徒1人80万ぐらいかかるような私立高校の経費ならば、あと20万円はそれぞれ私立高校で工夫してくれと。これが維新の無償化なのだ。

流石にこれについては、大阪の私立高校の連盟がそれはおかしいってと言って、抗議して交渉しているが、5万円ぐらい上乗せして65万円になるということになりそうだがまだ決まっていない。

だから、65万円で収まる私立高校はいいかもしれないが、収まらないところはもう手出しってことになるから、結果的に定数を減らすなどの措置を取る可能性がある。教師を減らすなど、いわゆる私立高校だから、専門家など、私立高校らしい特色のある授業をしているが、それが後退するということである。

それから一方公立高校は、大阪市立高校を全校府立高校に移管させたうえに、もうどんどん公立高校を潰している状態である(大阪の公立の4割ぐらいは私立)。定員割れしているからという理由だ。それで(潰した後の)広大な高校の敷地があるので、そこを民間に売るという構造で進めている。公的な土地を民間に売却するのが維新の教育政策なのか。

いわゆるこの無償化という名に隠れて、行政はどんどん後退し、自己責任が起こっていて、維新が最も得意とする市場原理ということは実は起こってない。市場原理があるんだったら、私立高校同士の競争によって決めればいいことである。

そんなことが起こっている。関連して、資料集の354号の7月23日号に、「歴史的転換期民主主義の復元力」というところの7番で、戦後日本政治の中の(20ページ)大阪止まりか、全国進出か、問われる政策交流等の顔という。続いて、戦後日本政治の中の第3選挙区制というふうにこれは維新のことについて書かれているので、参考にしてほしい。

 関東大震災での朝鮮人虐殺は歴史の彼方へ?問われる事実認識と継承

次に、後半出てくる人権ジェンダーの問題について少し話をしたい。前回も全国の朝鮮人問題や、関東大震災を巡る朝鮮人をはじめとする虐殺問題で、全国にある慰霊碑がどんどん、公的なところから撤退を求められているという話をした。

東京人権プラザ、(東京都の機関)人権を扱う中心の部署だが、東京新聞の昨年10月28日号の記事で、東京都が朝鮮人虐殺を題材にした映像作品を上映禁止にした。

このため作者は検閲だと批判。東京都職員が小池知事に忖度?して対応した。

これは東京都の人権プラザで開催している技術作家飯山由貴さんの企画展で、人権部が関東大震災時の朝鮮人虐殺に触れた映像作品に難色を示し、上映を禁じていたことがわかったと報じている。

飯山さんが28日記者会を開いて分かった。小池百合子知事は、震災の朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を6年連続で出しておらず、飯山さんは知事の姿勢に職員が忖度したのではないかと批判したという。

小池知事は、関東大震災から100年後、朝鮮人虐殺から、(日本人も殺されたが)、100年、その年でも出席しないということになっている。映画が何だったのかというと禁じられたのは英語で「In-Mates」と言うタイトル。

どんな内容かというと、1930年から40年に、都内の精神科病院に入院した。朝鮮人の診察記録を基に、ラッパーで詩人の在日韓国人フニさんが、当時の彼らと今の在日韓国人が抱える葛藤や苦難を表現、在日朝鮮人の歴史を専門とする小野村優東大教授から、日本人が朝鮮人を殺したのは事実と説明を付け加える場面が出ている。

これに対して、その東京都の人権プラザからクレームが入ったということである。何と言ったのかというと、「関東大震災での朝鮮人大虐殺についてインタビュー内で日本人が朝鮮人を殺したのは事実と言っているが、この歴史認識について言及をしていない。

都知事がこうした立場をとっているにもかかわらず、朝鮮人虐殺を事実と発言する動画を使用することに懸念があり、見方によってはヘイトスピーチと捉えかねないということである。

先述のラッパーの言葉は、ご自身が在日朝鮮人ということや、動画全体を主張すればそうではないということがわかるが、参加者の受け取り方によっては、本部が外渉人出身者に対する差別を扇動する行為になるので、つまりそれが朝鮮人差別になるのではないかと。ヘイトスピーチ対策をしている中で、想像の歌であったとしても懸念がある。

三つ目は動画全体を主張した感想だが、在日朝鮮人は、日本でも生きづらいという面が強調されており、それが歴史観、民族の問題、日本の問題などを連想してしまうところがある。参加者がこういった点について、嫌悪感を抱かないよう配慮が必要かと思う」という内容であった。

この件に関しては今ずっとやっているのだが、全く理解できないけれど、これが人権プラザというところと、それから、東京都の先ほど言った東京都、人権施策推進課となるが、すごい所、そこの職員がそう言っているのである。

実は、これに関することも前も言っているが、公的な公園や施設などの場所からこういう歴史的な事実を表現する(碑など)もどんどんどんどん攻撃してやめさせるっていうことはこれまでもずっとこれに限らず起こってきた。

2010年の2月に、東京美術館が首相の靖国神社参拝などを批判する張り紙をつけた、造形作品の美術品が、政治的だとして製作者に撤去させようとしたが、製作者が張り紙を剥がして展示は続けられた。作った方が妥協した形である。

またさいたま市の公民館、これは2010年6月だが、市内の女性が読んだ。「梅雨空に九条守れの女性デモ」、という俳句について、世論を二分する内容で掲載は公民館の公平性で書類阻害するとして、公民館だよりの掲載を拒否した。

それから愛知県で2019年8月から開かれた芸術祭あいちトリエンナーレの2019年の企画展で、表現の不自由展その後では、戦時中の慰安婦を象徴する少女などの行為が殺到して、ご存知の通り、開会を中止した。

それほど起こっていて今すぐわかっている例がこれだけで、他にも沢山全国で起こっている。歴史にもっと真摯になるべきだというふうにずっと私も思い、機関紙もそう言っているが、先日、関東大震災について関東地区の話はよく聞くが関東周辺での被害は、別に関東だけではなくて横浜などにも起きていた。

ところで先ほどの維新の話は「哲学入門チャンネル」というところの7月21日、8月2日、8月5日にそれぞれ別にして投稿されているが(https://www.youtube.com/channel/UCa6oNOr1S251sHs8rile4Rw)、どう解説しているかもあるけれど、直接吉村知事や、大阪の市長が記者会見をしているところを短くとっているので、わかりやすくなっている。

朝鮮人虐殺に関する歴史の記録は存在しない?何故なのか

関東大震災の事は、「のりこえねっと」(https://norikoenet.jp/)というYouTubeチャンネルでこれも紹介をされている。7月18日の谷藤律子さんという方が横浜で関東大震災のときにどういう虐殺が起こったのかっていうことを話している。

結論を言うと、一つも公文書が残っていない。特に軍隊が指導者になったが残っていないので、それをずっとさかのぼって、資料を集めて、事実を明らかにしようとしている。

一言で言うとなぜ虐殺が起こるかというと、ヘイトスピーチ、日本語で言うと、流言飛語

と戒厳令。この二つが原因。当時戒厳令が発令された。どういうことかというと、関東大震災が起こったので軍部の施設、要するに官庁とかが機能不全に陥る。流言飛語、いわゆる朝鮮人が井戸に毒を入れたとか放火したとか、強盗したとかいうことがずっと広がっていっているときに、千葉県船橋に海軍の施設にあり通信部隊も通信施設も東京は破壊されているので、東京の海軍の施設からおそらく歩いてか横浜まで伝令が走った。

その伝令の内容が呉にある鎮守府の司令官のところに送信され、そこから全国に発信された。これで全国に戒厳令がひかれた。

どういう内容だったかというと、「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し不貞の目的を遂行せんとし、現に、東京市内において、爆弾を所持し、石油を注ぎ、放火するもあり、現に東京府下には、戒厳令を施行したが故に、各地において十分密周なる視察を加え、朝鮮人の行動に対しては、厳密なる厳密なる。取り締まりを加えられたし」というものだ。

これは直接的には内務省警備局長の名前で出されている。だけども当然戒厳令というのは自然災害では出ないので、戦争状態というと敵は超朝鮮人だということになる。

水野廉太郎という、当時内務大臣。赤池敦という警視総監、この3人が戒厳令を画策して出した。それで、当然、横浜もその状態になるのだが軍隊を指導しなければならないので、千葉県習志野から、第13騎兵連隊を何とか東京に送れと言って、騎兵だからうまくいくわけだが、2日分の食料を持って行く。騎兵隊がきて、東京に隊の半分を置いて、後の半分を横浜に入れて、最初にむかったのは、陸戦隊だった。陸戦隊23人が横浜に入って、当時はなんていうか、軍人は関東、東京とかは木が倒れたりしているから、がれきの撤去を一生懸命行っていた。

ところがある時戒厳令で朝鮮人を殺せとなって、当然(朝鮮人を含めて)列車でみんな都内から逃げようとするから、列車も、石炭を積んでいる上にも人がいっぱい乗っているのだが、それを騎兵隊で止めて、朝鮮人を全部、その列車の外に出して、しかも全部抜刀した。

日本刀を持っているので、その場で首を切り落とすとか、虐殺するとか、そんな光景をみんな歓喜、で万歳、万歳ということが起こっていた。

それで横浜も、それの部隊が入ったのだがなんと、記録がないから、そうした(殺した)というその伝聞になっているのだが、越中屋俊一さんというそのこれは習志野部隊の兵隊だった人だが、後にプロレタリア作家になった人なのだが自分が自分たちはそういうことをしたと証言している。

さっき言ったその列車の虐殺は亀戸について敵が朝鮮人ということで殺して、だからその虐殺をしたということで自警団が裁判になった例が2人だけあるだけだが、もちろんその最初は軍隊がやったのだが。

そのうち警察隊が、警察官が虐殺し、次に自警団っていうのは、これは明らかに政府がそういうことを先導するわけなので、正義のもとに殺した、ということになる。

だからその後どんなに政府機関と軍隊とか警察署ではそのことを不問にふそうとして必死になるのだが、多くの市民もいるので、それを口封じしなければいけないという、大変なことなので、やはり喋らせないようにするということを徹底してやったのだけれど、そのうちのさっき言ったように心ある人が喋っている状態だと。

しかし公権力は、戒厳令を敷いて、歴史上残さないというのはどこか違う目的があったんじゃないかと思わざるを得ないが、そういうことが起こっていたのである。

というようなことを一方考えければならないが、ただし何というか、さざ波と言っていいかどうかわからないが、この前経産省のトランスジェンダーの女性の方が、最高裁判決で、女子トイレ、確か2階上だか下だかのトイレに行けという問題が裁判になって。

最終的に最高裁は「それは駄目ですよ」と。最高裁が全部正しいわけではないが、最高裁としてもそれはもう、駄目ですよって言ったっていうのは前進すべきことではある。

トランスジェンダーの問題というのは特に性差別の中で大きな課題になっている。この前のLGBT理解促進法などもトランスジェンダーの話が多い。

本年8月6日に安保法制に反対する学者の会がシンポジウムを開催して、何十回目だったのだが、そのメインテーマが「闇に突き進む岸田政権と社会 今何をすべきか」で、いろんな学者の方が講演してその後シンポジウムを行った。

そのうちの一つで、同社大学の大学院のグローバルStudies研究科会の岡野八重さんが、「性差別を超えられない社会」というテーマでお話をされた。

端的に申し上げて人権というのは自然権として認めてきたというふうにみんな思っているかもしれないが、歴史的には決してそうではなくて、そのときの権力、そのときの社会によって人権の適用のされ方は違ってくる。だからわかりやすく言えば戦前は、日本は女性に参政権がなかった。

明らかに人権侵害だが、みんな当然と思っていた。しかし社会はどんどん変わっていく。私も知らなかったけれど、フランスはフランス革命をやった国だから、ちゃんと人権が進んでいると思ったが、何のことはない、フランスでも1945年の4月30日にようやく女性に参政権が与えられているのだ。

だから労働者とか女性というのは選挙権から排除する決定的な政治的な表現が続けられてきたということになる。

みんな、思っているのは、そのトランスジェンダーの人は社会的少数者だから非常に困っていて生活していて生きづらいので、そういう人たちを何とかしてあげなければならないということで、運動やったり発想したりする。

そうではない人たち、特に今多数派のところで、むしろその女性を守るという、性自認で、男性が女性で、トイレとか風呂入ってどうするんだという、全くお門違いなことを掲げた流言飛語が横行している。

しかし公然とこれがなっているときに、さらにそういう空間の時に、困っている人、弱い人たちに何とかしてあげたいということになれば、こんなに困っているんですよ、こんなに生きづらいんですよ、こんなに苦労しているんですよってことを証明をするということを強いられている。

そして証明したからといって、それは社会構造上、教育権の問題であったり、あるいは選挙権の問題であったり労働権の問題だったり、生きるという権利であったりする権利そのものが阻害されているわけだから、社会構造全体を変えていくという流れにならない限りは、変わらない。

この岡野先生が、この人はレズビアンなんだけど、最初におっしゃったんだけどレズビアンであることはずっと経ってから、大人になってカミングアウトされたのだ。

その時に、2020年だから最近になるが、この人は2018年7月18日大阪での杉田水脈の発言に抗議のデモをして、マイク握ったりしている。

LGBT問題を性的に利用するなということをずっと発信したんだけど、ネット上のコメントで、「岡野は、カミングアウトしてこなかったのだから、レズビアンとして差別されてこなかったんではないかと言われている」。これをどう思うのかという。

逆に私は男性だから差別されていないんだということを追求する。それで本当にいいのかということを問うている。

だから今問われているのは社会構造の転換であって、LGBTやトランスジェンダーの人は不快に思うから、それを何とかしてあげたいということじゃ全くないと。

その尊厳が傷つけられているということに日本の裁判では、個々の法行為について認定されるので、常に被害者がどれくらいの被害に遭ったかその不快感を立証しないといけない。個人の主観によって加害者が左右されるとの批判が常につきまとう。

裁判でもこれは福岡で行われたが、神谷裕一さんという方が、差別は思いやりでは解決しないと書いている。2022年に集英社が本を出しておられている。

結局日本は権利を欠いた少数者への注目度を忘れてしまう。だから、理解をするとなるわけだ。LGBTを理解をする、理解を促進するということになると、心掛けとか思いやりとか、私人間の関係者のレベルに共々とどまってしまう。

したがって現状の誰かが安泰であり得てきた制度を動かしたくないという層によって決められてしまう。つまり現状のままでいいんだと。マジョリティーの方でいいんだ、ということになる。

現状維持だが、そのことによって、人々の権利を求める声を無視して、日本社会は闇に服する、つまり暗いということを言っているのだが、ということが言われている。

この前のメルマガの一番最新にも載っている、「トランスジェンダー入門」周司 あきら、高井 ゆと里共著で、知っているつもりの人こそ読んでほしい。

それから資料集には相当たくさん資料集の先ほど言った、354号、社会 対話 場項目で、25、差別意図しない不安にどう答える。トランスジェンダーの日常は それから26トランスジェンダー素朴な疑問、背景にある権力の勾配、田中聡子さん。それから次、27ryuchellさん、息子の名の由来は人種差別考えて欲しくて、ryuchellさんが亡くなったことに対することが書かれてある。

それから最後、28あるミュージシャンのスピーチ、入管法改正、強い後悔と、次の朝っていう高橋さん。これは機関紙に載っている。

というようにトランスジェンダーについては書かれてあるので、ぜひ、置かれている状況をもう少しきちんと、私と吉田理子さんが代表をしている市民団体、埼玉政経セミナーの令和5年度の連続講座「気付こう、あなたの隣の社会課題」の統一テーマで、8月20日の日にトランスジェンダーじゃなくて外国人だが、入管法の問題、「あなたの隣の外国人」というテーマで、これ政経セミナーのホームページ(https://saitama-seikei.com/)や、私のホームページ(https://hshirakawa.net)に載っているので見ていただきたい。

ミャンマーの軍事支配は、全土の20%しか過ぎない。抑圧から解放へ

もう一つ、さざ波というのは国外の問題、もちろん今のロシアのウクライナ問題でも、なかなか解決していないが、私が感銘を受けたものがあるので紹介したい。

同じ資料集の85ページ。この「ミャンマーの将来について、今ほど希望を感じたことはない」秋元ユキさんという人が、ミャンマーが政治的な活動やっていることを知らなかった。

ミャンマーで虐殺が起きている、起こっているからもうミャンマー全土で軍隊が支配しているかと思っていたが、軍隊が支配しているのは国の20%の人すぎないということだ。

クーデターを未遂クーデター、失敗クーデターというふうに表現していると。

あとの50%近くはいわゆる暫定政府国民統一戦線そういう政府が、NUGが、国の52%以上支配下に置いているのだという。

これは40万人近くの公務員も含めてですけど、不服従の運動しているのだ。だから給料をどうするかとか、どうやって食っているかとかということがあって大変ではあるが、決して、一元支配されてもう展望がないのではなく、むしろ、展望があるというふうにもすごく言われている。

ミャンマー、今ほど大きな展望があるんだと。だからその軍事政権に、資金援助している日本政府はミャンマーが独立した時に、国際的に反ますよってことを警告をされているが、大変これ良い記事だと思う。

国際的には別にロシアのウクライナ侵攻もあるが、こういう人権ジェンダーを巡ることもやはり決して、少数ではないという事実だ。

 「大いなる自由」ドイツでのゲイ処罰法をめぐる葛藤を描く映画

最後に、森達也さんというドキュメンタリー作家、是枝監督と同じようなスタイルでドキュメンタリーずっと撮った方、その方が初めて映画を撮られて、前も紹介したが、関東大震災のときに千葉県野田市に、香川から来た薬売りの人たち8人の虐殺問題。

これは赤ちゃん妊婦も虐殺されたのだが、そのことを描いた、史実に基づく脚本を書いている。

多分本年9月1日公開される。正確に言うと福田村というところと、それから当時、その隣村の田中村の自警団の皆さんがそういうことやって、実は、これも私が調べてわかったのだが、香川から来た行商の皆さんは、被差別部落の人たちであった。

だから虐殺されても、被差別部落であるがゆえになかなか公に発信できなかったことが、史実として明らかにならなかった一因でもあるが、彼らの責任はもちろんない。

また、ドイツ映画で、大いなる自由という、これはゲイの話だが、ドイツでは、同性婚は1968年ぐらいまで認められなかった。むしろゲイは処罰されるという、刑罰であった。

これはナチが台頭する前からそういう法律があったのだが、ナチの前の政権はそれを徹底しなかったが、ナチはこの法律に従いゲイを徹底して取りしまった。

ゲットーに送られる、もちろん殺された人もいる。ということを描いた映画であるが、同じように「刑法175」(映画)これはドキュメンタリー映画だが、公開されていて、先日観てきた。「大いなる自由」はゲイの男性の20年間に渡って、刑務所に3回入るのだが、3回収容されている間ゲイで好きな人ができる。

最後に、解放されて要するに法律の175条というのが、なくなり、廃案になったためゲイが処罰対象でなくなるので、自由の身になるのだが、いわゆるゲイの人たちが集まる酒場に行って、それを見て、ここに自分の残りの人生をかけるべきものがないと判断をしたのか、

あるいは、本当の愛を確認するにはもう一度刑務所に戻って、ゲイの関係だった人との関係を深めるのがいいと思ったのかは解説の見方ではあるのだが、という大いなる自由。

これは渋谷のビックカメラの上にある映画館で、私も初めて2回続けていったが、刑法175では北丸雄二さんが出演して直接の話も聞きくことができた。

今Closeという、これもちょっと見ていないが、少年のゲイのお話があるので、ぜひ参考にしていただきたい。


受けとめ後の対話

吉田

今のお話を聞いていて思ったのは私、普段情報リテラシーの講座を子供向けにするんですけど、先ほどの映画の、話あったじゃないですかジェンダーのところ。

結局朝鮮人、在日の人たちに対する差別になるんじゃないかっていう話ですけど、私達が例えばネット上のいじめの話とか、それからネット上で起こる犯罪であるとか、そういう話を子供たちに少なくともしようとすると、それを聞いたことによって真似る子供がいるから言わないでくださいって言われるんですよ。

何か構想は似ているなと。なんか隠すんですよね。あるんだけれどもそこにあるものをもちろん子供にその手があったかと、特にいじめなんかは、あんまり説明しちゃうと確かにそうなんです、こういういじめの方法があるんだって子供が知ってしまうので、やめてくれっていう気持ちもわからないでもないんですけど、だけどこういう目に遭うってどうこういうこと、ネット上でね、そういうことをしたらどういうことになるのかっていう話をするためにはやっぱりある程度伝えなければいけない。という部分をどうしても私は日本で仕事していますから他は知らないですけど、すごく隠そうとする。

隠したら、隠したらなかったことになる。という、そうです知らなければなかったことになるという発想がすごく強いんだなというのは、今のずっと流れを聞いていて思ったところです。なかったことにする。だからそれが被差別部落の形だったりていうのもあるのかもしれないけど、なかったことにしていいという考え方が、やっぱり増えているっていうこと変なんですけど、元々あったんでしょうけどね、ちょっとだいぶ何か顕著だなという気はします特に教育のところだからかもしれないけど。

白川

さっき関東大震災の話で、流言飛語と戒厳令で、つまり権力側のお墨付きがあるという状態のときに、日本は世界有数の同調圧力が強い国ですよね。

30年間、給与は上がらないし、それぞれが自由に生きるっていうことが制約されたときに、ちょっと昨日話しましたけどね。京アニメの事件とか、秋葉原の事件とか、それからですね、京王電車の中とか起こっているんですね。普通にはね私も死にたいなら一人で死んでくれと思うのです。

しかしつまりもう少し知ってみると、そのずっと生まれた時から誰も自分の存在を認めてくれない。うんそれはもちろんのこと、両親だろうが友達だろうと誰も認めてくれない。

自己責任だけが強いられてくる。ときに暴発するわけですよね。何もないから家族も、親も将来もう財産も一切関係ないからって無敵の人になってしまう。

京アニメの人なんかも全身やけどを負うんだけど、彼は助かったというのだけれど、こんなに自分のことを親身になって心配してくれる人はいませんでした。看護師さんや医者のことですよね。それから取り調べがありますよね。こんなに自分のことを聞いてくれる人いませんでした。と発言している。

 現代的な自殺も含めるんですけど、拡大殺人が起こる背景がやっぱりある。そうですね。

権力側がそれを容認しむしろ示しをし、与えてあげるときに、よりの自分も、少しこれから幅ですね、権力って既得権とか、財界とかは(自分からは)こんなに遠いからも見たことない人たちだからさ。これくらい(自分の身近な人)だったら見えるわけですよね。

そういうときに、不安と、嫉妬と恐れと、嫌悪と恨みと敵意というのが混在したときに、ネット上ではそれが流布され、そうするとそこにずっと向かうわけですよね。

それと、いわゆる見たいものしか見ないわけだから、見たくないものはもういくら言っても見ないわけで、さっき言ったその教えるも教えないも、自分にとって見たくないものだったら教えても、まず関係ないっていう。

ただ、教えなきゃ最低教える場がなければ、それはもうもっと先鋭化していることに、なりますよね。だからその子供の自殺が514人、小学生ちょうど高校生も過去最大になったんだけど、スマホですねスマホ、ほぼ9割、9割5分ぐらい持っているのかも。

吉田

そうですね。去年初めて子供が初めて持つ端末がスマホになりました。低学年からキッズ携帯ではなくてスマホが上になったんですよね。

白川

2021年9月16日にですね小学校6年生の子が自殺した。

東京都町田市、2021年のことで、小学6年の女子児童、当時12歳が同級生からいじめを訴える遺書を残して自殺した。両親は学校で配られたタブレット端末を使って悪口が書かれており文部科学省は、事実認識確認に乗り出した。

何が起きていたのか、今年度から全国の小学校で、1人1台配られた端末の理由や規制の実態はどうなっているのかって記事で、この小6の自殺は、いじめは家までついてくる。

配られたタブレットで、これだけではないけれどこれで執拗に攻撃されて本人が死んじゃったってこと。

だから小学生にタブレットだからね、極端なこと言えば社会的規制があったら学校によってそのタブレットを触らないようにするとか、制約するとかいうことはあえて言えば、あえて言えばですよ、できないことはないと思うけど、もはやですね。

その人間の視覚とか脳波の働きで、もう中にアクセスできるように、イーロン・マスク氏は、その研究を進めて、現状4000発近くの衛星を打ち上げて、そこと交信できるのか、テスラは単なる自動車、武藤先生が自動車、EV自動車の話しているんだけどもそのレベルじゃなくて、もし武藤先生ももう自動車自動運転の間の空間をどうやって管理するかということになっているか、いっているわけね。

ということだから脳に何か埋め込まなくてもそうなってしまう社会に一方なっている。だけど、一方なんていうか、ネットをどうやって完全遮断するとかね、持たせないとか、法律で禁ずるとかね。そういうことでは手を打てない。

吉田

全く手を打ってないですね

白川

だから今多くの、わからんけどそれに類することやっているわけだよね。持たせない方向で。あの制限ということをどういうふうに考えるかってこと。

吉田

親がどうするか考えるかってことも重要なんですよ。面白くて、西の方が制御とか禁止が強いんですよPTAのね。東の方がいや、使いましょうっていう話になってる。今ちょっとそういう状況なんですよね。だからどうなるのかなと思いますけど。はい。そんな感じです。

白川

ちょっとだから先ほどちょっと言いましたけどね。民主主義の復元力と言われてるのはもちろんリアルな関係の問題とネット上の関係と両方必要なので、どっちか一方強化したらもう一方が相対的に低くなるという問題じゃない、ないと思うんですよね。

ですが日本は文字通り30年間、失われた30年、なくした30年、あらゆる指標、どんな指標でも日本はもうその先進国どころか、東アジアの中でも地位を占めてない状態にあるわけ。

それは制度上はやっぱり、税制とか社会保障とか、それから支援制度という問題を、ものすごくさっき言った、書いてある社会構造の転換という意味での政策の転換ということを図らなくちゃいけないのと同時に、同時に、もう一度、人が生きるとは何か。

社会とは何かとういうこと、その何ていうかな、そこの起点から、どういう社会を作っていくのかっていうことを議論していく。何か目指すべきものがあってみんな頑張りましょうってならないと思うんだけど一応は一定の指針が必要なんだけど、ということが日常的に行われていない、だからここで言う能條さんが言っている既存政党にそれが無いんですよって言っている。

というように俺は受け止めるけど、既存政党にはないですよと。だから自民党にもないですよって言ったら維新はさらにないと思う。立憲であるかといえば怪しいけど。

だからそれを日常的にあるのは、やっぱり自治の現場でありやっぱり地方議会だと思うんですよね。

だから8月4日の日に超党派の越谷市議会議員5人で、市政報告やりました。何を基軸としているかっていうと、単に、あれを報告しこれを報告しということはもちろんあるんだけど、そもそも議案とか、事業がどういうふうな影響を及ぼすかとか、あるいはどういう意味で少なくとも賛成した議員の中でも、その見方や立場が違うって言う対応。重層的な見方ができる。

それは反対した議員との関係性が見えるっていうふうに私はあのできるだけそうしようと思っているので。

いわゆる一般的な市政報告会で、報告して何かありませんかって言ったら、大変貴重な意見ありがとうございましたっていうような感じのやつは、やらないので、ああいうあれは別にモデルではないと思うんだけどいうことをもっと日常的に市民の皆さんがやるということでない限りは、でも32人も議員がいますからね来てくれって言えば、よっぽどなんか嫌いなひとでなければ・・、あるいはネットがあるので、ネットで聞いてもいいと思うんですけど。

要するにですね、市民が、声を聞かせるためにもっと声を上げ続けながら、あえてもっと声を上げるっていう声を上げた人と違うかわからんけど、それやらずに、困っているこれもなりました。それはもちろんやれない人もいるから、追い詰められてね。

そういう人にはやっていうことはないけど、もう少しみんなそういう意味でアプローチをしないと自分自身の生きるポジションがどんどん切り崩されていっている。

ただしな。知らないうちに、知らないうちに死んでしまうというようなことは起こってしてしまうので、この前その頑張ろうでやった、戸田代表を囲む会の「異次元の少子化対策があるか過去の失敗事例と今後の展望」という山田中央大学の教授が言っておられたんですね。

日本の政府官僚は優秀で、全体社会が破綻しないように、生活を少しずつ切り下げていく。

これが「幸せな衰退」。つまりゆでガエル状態でみんな死んでいく。どっちも先ほど学者の会も、これなくなっているって言ってこっちも暗くなって、どこも明るい展望なんかを私はないと思っているんですけど。

だけど、どう、どこまで破局が進むかということで、そこからもう1回、構え直して、いうことが、ここに書いてある。小さなさざ波をどう発展させるか。いうことに繋がっていくということ。だと思います。

吉田

はい、ありがとうございました。私は前回と今回を通してだから、やっぱり自治っていうのは何なのかっていうことを自分たちがわかんないといけないんだなと。何だろうな自分たちの言葉で説明ができるようにならないといけないんだなと思いました。

だってそこに尽きると思うんです。結局のところ自分の人生をっていう話はそういうこと

だから

白川

それはね、それは日々、きついようだけれど、持続可能な、うまずたゆまずの小さな活動がない限りは。

吉田

はい、考え続けないと答え出ないですけどできないということになりますと思うので皆さん頑張って活動しましょうと。

白川

おしまいにちょっとまたいつもの通り30分以上オーバーしてしまいました。いつも長くなって申し訳ないんですが今日の351号の感想と受け止め、一応終わらせていただきます。

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