「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

  • いのちとくらし〟の観点から、自助を支える公助のあり方を考えよう

民主主義の復元力を鍛えるために

●〝民主主義の復元力〟という問題設定

● 社会に埋め込まれた〝空気〟のレトリックの前に思考停止しない

凡庸な人々の非凡な持続性を

 ●「まずは自助ありき」か、「自助を支える公助」か

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〝いのちとくらし〟の観点から、自助を支える公助のあり方を考えよう

民主主義の復元力を鍛えるために

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【〝民主主義の復元力〟という問題設定】

 新型コロナウイルスの感染拡大第三波。医療現場からは警鐘が鳴らされ、北海道や大阪、東京などで陽性者が過去最多を更新するなか、政府はようやく、それまで「必要ない」としていたGO TO事業の一部見直しを発表した。

 ただし菅総理が「これから三週間が大事な時期」として国民に協力をよびかけたのは、記者会見ではなく「ぶら下がり」。仕込みの質問に答える場面を演出し、そうでない質問は無視。内閣記者会の質問にすら答えずに背を向けて立ち去った。野党の質問に「お答えを差し控える」を連発する姿勢そのものだ。

「国民の不安や疑問に応える情報発信は政府トップの役割の一つ。感染状況が悪化した11月以降、首相は記者団のぶら下がり取材には応じるものの、記者会見は開いていない」(11/21産経)。一方的に発信して説明はしない、というぶら下がり取材は、民主主義の基本である説明責任の拒否ともいえる。

「民主的社会の最大の強みは、批判に開かれ、つねに自らを修正していく能力にあります」(宇野重規・東京大学教授 朝日10/2)。

「お答えを差し控える」という答弁は、第二次安倍政権から増えたという。説明しないという姿勢で政権を維持した「成功体験」は、しかしコロナには通用しなかった。(アベノマスクをはじめとする)政策決定の過程が国民注視の中で相次いで問われ、政権は無責任連鎖を露呈した。

今も、病院がネットで寄付を募るという事態の一方で、政府はマイナンバーカード未申請者8000万人に申請書を送付するという(それ今やる?)。内閣が国会承認なしに使える予備費。今年度はコロナ対策として異例の11兆円が確保されているが、いまだに7兆円が執行されていない。これから各種の支援策の期限が切れる。「いつ執行するの? 今でしょ」に対する総理の答弁は、相変わらず「適切に判断して」。

コロナ対策分科会の尾身会長は「個人努力の段階は過ぎた」と、危機感をあらわにしている。まさに自助ではなく、公助のあり方が問われている。議論しない・説明しない公助なのか、「批判に開かれ、つねに自らを修正していく能力」が伴う公助なのか。議論しない公助に「まあ、いいか」と納得するのか、新たな「公論」をつくりだすのか、問われているのは私たちだ。

「理由と根拠を挙げての自由な議論をやめて、『国民のために』[美知子1] で決めるのがファシズムの始まりだ。

 そうしたなかでは、日常生活の一定の豊かさに満足して、権威主義的な決定でも『まあ、いいか、そんなに悪くはならないだろう』と納得してしまうことに抵抗する方が、ナチスに抵抗して国外に亡命するより少なくとも知的には遥かに判断が厄介だ(勇気の問題とは別の話です)。~中略~こうしたデモクラシーに住みついたファシズムは、大言壮語で『輝く』を連発する安倍政権より、菅政権の方が実務型の締めつけが強くなる」(三島憲一・大阪大学名誉教授 論座10/26)

「(日本の民主主義が危機的状況にある一方)日本の民主主義の歴史を振り返れば、深刻化する社会の諸課題に対し、政治が有効に対応しきれないとき不満が蓄積すると同時に、新たな民主主義への胎動が加速してきたことがわかります。

既成の代議制民主主義の回路が機能不全を起こすとき、『横議』と『横行』への模索が再び始まるのかもしれません。・・・そこに新たな『公論』の可能性を見出したとき、事態が大きく動き始めるはずです。

いまや旧来の価値観が大きく崩れそれがまだどれだけ微かなものであれ、『不思議な明るさ』がみえ始めているのかもしれません。その薄明のなかに、新たな民主主義の姿を見定めるべきです」(宇野重規 現代ビジネスオンライン 11/4)

 民主主義とファシズムや権威主義を隔てているのは万里の長城ではなく、「柔らかいガードレール」(レビツキー&ジブラット「民主主義の死に方)でしかない。その柔らかいガードレールの復元力や自己修正力こそが民主主義の強さであり、その源泉は人々の自己統治や自己決定の絶え間ない深化と、そこから生み出される新たな公論だ。

 アメリカ大統領選で民主主義の底力を示したのは、さまざまな投票妨害やコロナ危機のなかで長蛇の列を作って投票した人々であり、地域コミュニティのなかで有権者登録を進めてきた黒人女性に象徴されるような人々だ。一方でトランプに投票した人も1000万人増えたといわれる。民主主義の復元力を鍛える次のステージは始まっている。

大阪市住民投票で自治破壊の「改革」にストップをかけたのは、「反対が多数になったら、現状維持なんでしょうか? 私たちはこの間、大阪のことを真剣に考え、議論してきたんじゃないでしょうか。11月1日は、大阪をみんなの力で変えていくステップを踏み出す日になるんじゃないでしょうか」という市民たち。そこに自治の観点で考え続ける余地を与えず、「上からの制度改革」を連発していこうというものとの攻防も始まっている。

【社会に埋め込まれた〝空気〟のレトリックの前に思考停止しない凡庸な人々の非凡な持続性を】

「ファシズムとの攻防とは結局のところ、キング牧師が語ったように、「この世で本当の無知と良心的な愚かさほど危険なものはない」ということ。「良心的な愚かさ」とは「中立ぶった」ということ。日本の無党派主義もこの枠。大半の普通の人は悪いことをする能力もないかわりに、自分事で考えながら共有地(コモンズ)を耕し続けるという人格形成もしていない。〝今だけ自分だけ〟で日々をどう生きるかと。

こういう人たちに、自分の人生は自分が決定するんですよと、自己決定を通じた何らかの責任感を持つように訴え続けなければ、危機のときには行政権力にすべてを委ねることになる。~中略~左右の独裁に対して「正しいとは思わなかったけれども」と言いながら、黙るのか。自分事で考えることで、戦うことはできなくても「向こう側」には与しない、凡庸な悪の側―思考停止には与しないという問いの発し方を、そういう人たちにどう訴え、感じてもらうのか」(戸田代表 総会報告より)。

「権威主義的な決定でも『まあ、いいか、そんなに悪くはならないだろう』と納得してしまう」(三島 前出)普通の人たちの「良心的な愚かさ」のなかに、民主主義の復元力をどう鍛えていくか。

「10月の朝日新聞の世論調査では、(学術会議問題について)首相の説明が不十分だと考える人が63%に達する一方、首相が任命しなかったことは『妥当だ』という回答は31%で、『妥当ではない』36%とあまり差がなかった。・・・読売新聞の調査では学術会議を行政改革の対象とすることに対して『評価』が70%に達する。

『税金を投入するに値するのか』『既得権益を打破しなければならない』といった『改革』のレトリックの前では、『学問の自由が大切だ』『フェイクの氾濫は問題だ』『民主主義の危機である』という主張は必ずしも社会の圧倒的多数の支持を得られるわけではない様子がうかがえる。

 まさにこの点にこそ、学術会議の問題を現政権の強権性や権威主義的傾向にのみ還元してはならない理由がある。問題はこの種のレトリックを違和感なく受け入れる空気にもあるのだ。

この空気は長い時間をかけて形成された。アカデミズムに関しては、たとえば民主党政権で行われた事業仕分けでのスパコンの研究開発をめぐる『2位ではだめか』という主張が想起される。この空気はさかのぼれば、郵政解散選挙、『失われた10年』、さらに1980年代の国鉄民営化まで行きつく。『既得権益の打破』という新自由主義的『改革』の空気こそ、過去と現在の政治を一貫してつなぐ糸なのだ」(山腰修三のメディア私評 11/13朝日)。

「もうひとつ気になる『空気』は、政府の決定を批判することへの忌避感だ。・・・学生らは学費値下げ、LGBTQなどの性的少数者、気候変動といったテーマは好むが、学術会議など政府の方針と対立する争点は避けようとする。『政治的に中立でいたい』からだ。

ここで言う『中立』とは、政府への批判を避ける、という意味である。それは、学術会議問題をめぐる野党の合同ヒアリングを『官僚へのパワハラ』と見なす空気であり、当の官僚が・・・(「改革」の対象として)バッシングされる時には『中立でいたい』がゆえに沈黙する、という種のものである。

~中略~ポスト真実が突如としてこうした『空気』を作ったのではない。作ってきたのは一部の政治家だけでもない。アカデミズムもジャーナリズムも、そして市民も、空気づくりに何らかの形で関わってきた。今回の問題が象徴するリベラルなものの後退は、その帰結に他ならない。私たちはまず、それを認識するところから始める必要がある」(山腰 同前)

『既得権益の打破』という新自由主義的『改革』のレトリックは、三十年、四十年かけて社会に埋め込まれてきた。自己責任は当たり前、自助努力もしない者を助けないのは当たり前、という価値観が埋め込まれた社会では、「今より悪くならないために」という自己保身からの〝今だけ、自分だけ〟になる。

これを、〝いのちとくらし〟というところからどう掘り起こしていくか。

コロナ危機は、これまで通りの(〝今だけ、自分だけ〟の延長上の)やり方では、命と暮らしを守ることはできないことを明らかにしている。既得権打破といわれて所得は減り、消費税が上がる一方で法人税は減税、役人でも、ウソをつけない人は自殺に追い込まれているじゃないですか。コロナ危機は自助で何とかなりますか。「まずは自助」ではなく、自助を支えるための公助のありかたが問われているのではないですか。自己決定できてこそ、責任や連帯もできるのではないですか。etc

こういうところから、凡庸なわれわれが思考停止に陥らずに考えていく糸口や材料を提供し続ける。こうしたことが、民主主義の復元力につながるだろう。

コロナの影響はさらに深刻になるだろう。女性の自殺が増えるなど、社会の脆弱性がいっそうあらわになり、社会の底が抜けるような状況と並行して総選挙や都議選を迎えることになるかもしれない。危機を、分断と憎悪の政治に煽られる場にするか、新たな社会的連帯への糸口にできるか。民主主義の復元力が試される。

「実際のところ、ナチス時代に多くのドイツ人は、政敵やユダヤ人へのむき出しの暴力に当惑し、敗戦が迫るにつれ疑問を強めた。だが、自分たちの暮らしはナチスの下で保たれると感じていた。共同体が日常の中でよそ者への非人道的な扱いを見過ごし、喝采さえする悪名高き傾向には、こうしたナチスのアピールがかかわっていたのだ」(イエナ大学のノーベルト・フライ教授 藤田直央 論座11/26)。

 これは過去の話ではない。権威主義的な決定でも『まあ、いいか、そんなに悪くはならないだろう』と思考停止する先にあるのは、〝今だけ、自分だけ〟の消費者民主主義の破局だということは歴史の教訓だ。〝いのちとくらし〟の観点から考え続ける凡庸な人々の非凡な活動の持続性で、消費者民主主義の破局に備えよう。

【「まずは自助ありき」か、「自助を支える公助」か】

新型コロナの感染拡大第三波を迎えるなか、コロナ対策分科会の尾身会長は「個人努力の段階は過ぎた」と、危機感をあらわにしている。まさに自助ではなく、公助のあり方を問うときだ。

「まずは自助ありき」は、例えばこういうことだろう。

 「新型コロナウイルスの感染が急拡大していることを受け、政府は21日の新型コロナ感染症対策本部で「Go To トラベル」事業の運用見直しを決めた。「遅すぎる」ことも、旅行需要の喚起を目的とした施策の変更を3連休の最中に発表したセンスのなさも、ここではあえて繰り返さない。だが、筆者が言いたいのはそれだけではない。菅政権が打ち出した経済対策が、事実上Go To事業「ほぼ一択」であることに対する、深い失望である。Go To事業とは「国民を健康被害の恐怖にさらしてまでも、そのポケットマネーに頼って経済活性化を図る」ことであり、つまりは「旅館や飲食店が助かるかどうかは国民の行動にかかっており、助からなくても政府の責任ではない」という「究極の『自助』政策」なのではないか」(尾中香尚里 47NEWS 11/24)

「Go To事業は国民の旅行や飲食にかかるお金の一部を公費で負担することで、需要を増やして経済を回す仕組みだ。「国民が移動すること」で経済を活性化させようとしているわけだ。しかし、西村康稔経済再生担当相は記者会見で「それ(Go Toトラベル)を使って旅行されるかは、国民の皆さんの判断だ」と述べた。

 ならば聞きたい。もし感染が急拡大して国民が旅行や飲食を控えるようになった時、つまり「国民が移動しない」状況になった時、それで旅館やお店が倒れたら、それは「国民のせい」なのか。旅館やお店を守るために、Go Toに頼らない新たな公費支出が必要なのではないか。今年度の第3次補正予算の成立を待つまでもなく、政府にはまだ7兆円を超す巨額の予備費が残っている。それをどう効果的に使うのか。

 菅政権からはその方策がまるで見えない」(同前)

 問題は「自助か、公助か」ではない。自助、共助、公助の相互関係であり、自助を支える公助、共助を公助することで支え合いを可能にすることだ。

 新自由主義に対抗する動きとして、ヨーロッパでは(電力や水道などの)再公有化運動が進められているが、これは「公営か、民営か」ということはなく、社会共通資本に対する人々の民主的決定やコントロールを強化する、すなわち自治の復元力を鍛えるプロセスにほかならない。

 コロナ危機は、「まずは自助」という社会に埋め込まれた新自由主義的改革の空気を可視化しつつある。これに対して〝いのちとくらし〟の観点から、自助を支える公助のあり方を考える材料を提供し続ける、凡庸な人たちの非凡な持続活動を。

(「日本再生」499号一面より)

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