一心太助の天秤棒_2021年5月-88

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オリンピック開催はやめた方がいい

 今朝の駅立ちは、大袋駅東口なので午前5時30分前には自宅を出て、15分程度で駅到着。
直ぐに街宣用具の荷下ろしの後、駅前に設置が終了し、午前6時前から市政レポートの配布を開始した。
午前7時30分頃馴染みの都内の消毒、清掃会社の管理職の方と話になった。コロナが発生して以来、ビル等の消毒の仕事が途切れず、薬品を頻繁に扱うため両手に指紋がなくなるほどとの話を以前聞いていた。
その後どうですか、と尋ねたが、前より更に依頼が増え続けており、医者よりも手の殺菌は完璧だし、社員でコロナ感染者は一人もいない、との事。
 ただ、業務の遂行のためまともには休めないそうだ。しかも業務について発注者が部屋の隅々まで点検するため、更に荷重な仕事となっている、との話。そしてこんな状態では、とてもオリンピックは開催出来ないし、しない方がいいとも付言された。
 これもエッセンシャル労働そのものなのだが、コロナ禍の収束が見えない中、果てしなく続く消毒現場の仕事が明らかに感染防止策になっている。社会的なリスペクトが必要だ。 (3月19日・金曜日)

他人任せでは、社会の問題は解決しない

 今朝の駅立ちは、新越谷駅東口での行動となった。午前5時30分過ぎには駅到着とともに街宣用具の設置を終えた後、周辺の駅前清掃を始めた。
 この駅はJR線と東武線が交差している駅なので越谷市では一番連絡通路(広場)が広く、それだけに清掃の範囲が広い。しかも毎回毎回たばこの吸い殻を始め、コンビニの容器や食べ残し、缶コーヒーの空き缶やペットボトル等が散乱しているため清掃に時間がかかる。
シルバー人材センターの高齢者の方が私と同じように毎日清掃を担当されているのだが、一向にたばこのポイ捨て等は収まることはない。この高齢男性の方ともいつの間にか馴染みの関係となっており、朝の挨拶を交わした。
市政レポートの配布を午前6時過ぎから開始していたが、午前8時前現役を退職した高齢男性から、話しかけられた。
 今の政権もだらしがないが、野党の立憲民主党も期待出来ない、との話が暫く続いた。
そこで本年中には、衆議院選挙が実施されるし、現政権を選択しているのは、国民自身ではないですか、政党がしっかりするには、国民がその基盤を作らないと改善しないのではないですか。あなたはそのために何をされていますか、と尋ねた。するとだから色んな政治家にこの様に話をしている、との返事だった。
そうですか、それも大事ですがそれ以外には何をされていますか、と私。それ以外ってもう年だしそんな元気も体力も残っていない、との事だったので、政治家が変わるのはそう簡単ではないが、国民が変われば政治家も変わるでしょう。そのためには国民自身が国民自身に働きかける事が今一番必要ですよね、と私。すると少し戸惑った様な顔になり、それではあなたはどう働きかけているのか、と質問された。
はい、今も実行していますが、駅立ちを毎日続けています、と直ぐに答えたら、えー毎日―と言った後は言葉が続かず、立ち去って行かれた。
 政党や政治家には批判される様な事は勿論必要だろうし、聞く耳も必要だろう。しかし最も必要な事は、国民が憲法で規定されている国民主権を正面から受け止め、小さくても社会的活動に持続的に参加する事だろう。凡庸の善をいかに発揮するかにかかっている。(3月22日・月曜日)

定期的なカンパが相次ぐ中


 今朝の駅立ちは、蒲生駅東口なのだが、自宅から最も遠い所にある駅なので、何時も午前5時30分前には自宅を出発している。
 最も市内6駅の中で近場の駅でも、遠い駅でも出発時間は多少の差はあるものの、(せんげん台駅の東、西口は午前5時30分から市政レポートを配布するのが通例)起床時間は午前4時過ぎと決まっている。
 午前6時から市政レポートの配布を始めて午前7時30分頃、馴染みの建設設会社の中年のサラリーマンの方と久しぶりに会った。
以前はこの蒲生駅で良くお会いしたのだが、今では新越谷駅を利用しており、今日はたまたま蒲生駅利用との事。
 何時もお会いすると、2000円のカンパを毎回して頂いており、今回も同様にカンパを。
 午前8時30分前、旧知の高齢女性と話になった。良く一人で銀座に出かけられており、今日はどちらに、と尋ねた。
 すると、有楽町で映画を観て、その後食事をするので沢山の食事処があるので楽しい、との返事だった。
 そうですか、映画は何をご覧になるのですか、と聞いたら、まだ決めていないとの話だった。
 ならば、ノマドランドやミナリが面白かったですよ、と応答した。
 その後、何時もの様に小さなのし袋に入った1000円札をカンパ箱に入れて頂いた。
この方も毎回定期的にカンパを頂いている。
 駅立ち終了後、街宣用具の片づけをして、カンパ箱を確認したら、先ほどのお二人の金額のほかに350円が入っていた。
 このカンパをして頂いた市民の方は特定出来ないのだが、大切に使わして頂く。
 カンパに込められた市民の思いが、やはり時にはサボりたくなる私の気持ちを規律化する重石になっている。
 (3月23日・火曜日)

受動喫煙の元になっていたパチンコ店が閉店

 今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時30分前には、市政レポートの配布を開始した。
以前この駅前のパチンコ店の開店前の早朝、歩道に面した店のスペースでの通勤客の喫煙の煙が市民に影響しているので何とかして欲しい、との陳情を受けて市民健康課長さんに善処をお願いしていた。
 そのパチンコ店は、なんと今朝見てみると張り紙に3月31日付で閉店する、と記されていた。
当該の店が無くなっているので、解決はしたのだが、次に建設されるビルはどんな形態なのかが少し気になる朝となった。(4月6日・火曜日)

〆切り橋が通行止めの張り紙

 今朝の駅立ちは、大袋駅東口で何時もの様に午前6時前から、市政レポートの配布を開始。
 駅構内の壁に越谷市からの「お知らせ」の張り紙を見つけた。
それは元荒川に架橋していた「〆切り橋」が令和3年5月1日(土)午前10時以降通行禁止となる、と言うものだった。
 この橋は昭和12年に架橋され、すでに84年が過ぎて越谷市では最も古い橋となっている。このため老朽化に伴い橋脚補強及び点検を行い、車両の通行制限や河川増水時の通行止めや地震時における適時点検を実施して、歩行者や自転車等の通行を確保して来た。
 しかし劣化が激しく、このままでは河川増水時や地震時等に対して安全性が確保できないため、地元自治会等との調整を図り全面通行止めとなった。     
(4月9日・金曜日)

一心太助の天秤棒_2021年3月-87

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コロナ禍を奇禍と捉える社会構造の転換は年間予算に反映しているのか

今朝の駅立ちは、3月議会の市長提出議案の「令和3年度の一般会計予算案」への本会議場での質疑の準備のため中止した。
午前10時から開始されたが、私は以下の項目で市長や担当部長への質疑を約1時間にわたり行った。

1、 国の令和3年度の特徴と越谷市の受けとめかたについて
① 令和3年度の予算に関して、国も地方もコロナ禍をどの様に受け止めるのか最大の課題となっている。
そこで、まず2021年1月22日総務省自治財政局長財政課長から「令和3年度の地方財政の見通し・予算編成上の留意点事項等」(事務連絡)が、全国の自治体に出されたが、その概要と特徴は何か。
② 国の財政見通しの評価は。
③ 国の重点施策の評価と実行の課題は。

2、予算編成過程について
① コロナ禍での編成過程の特徴は。
② 市民参加と公開による決定過程の問題と課題は。
③ 第5次総合振興計画の策定の過程で、市民懇談会等で市民参加の先進事例があるが、その適用は。

3、コロナ禍での歳入、歳出の特徴について
① 自主財源の減少とその原因は、また不足する財源とその補てんはどうしたのか、
② 今後の財政の見通しは
③ 今後のまちづくりの方向性にコロナ禍はどう反映して行くのか。

4、2050年カーボンゼロ宣言について
令和3年度予算案の歳出の中で「地球温暖化対策推進事業 180万円」「再生可能エネルギー推進事業 1000万円」が計上されている。
① 国の施策の受けとめ方、また越谷市の取組について
② CO2の削減に向けて、越谷市ではどの様なロードマップを作成しているのか。
③ 新電力会社の発足等による再生可能エネルギーによる地域再生の課題は

当日の詳しい市長との質疑のやり取りは、私のユーチューブ公式チャンネルで動画配信している。
なお本会議場での質疑は一括質問、一括答弁の方式となっていて、また3回までしか質疑は出来ない。そのため委員会での一問一答方式(時間は無制限)と比較して十分な論議の展開に障害がある。何より市民が見て分かりにくい。
https://hshirakawa.net/
         (3月2日・火曜日)

コロナ禍での駅立ちへの制限はないの

今朝の駅立ちは、大袋駅東口で午前5時30分に駅に到着して街宣用具を車から搬出して設置を済ませ、午前6時前には市政レポートの配布を始めた。
この駅は敷地入り口からエスカレーターまでの距離が30メートルと長く、そのため停車した後様々な街宣用具を運ぶのは少し時間と労力がかかる。
しかし、毎回駅前のたばこ店の店主の高齢女性がこの時間には開店準備のためシャッターを上げ、店頭の掃除が日課になっているので朝の挨拶を交わすのも慣例になっている。
午前7時30分過ぎの馴染みの中年女性が何時ものキャリーバックを転がしながら、声が掛かった。
コロナだから、マイクを使った駅頭はしてはいけないのですか、と尋ねられた。
いいえ、そんなのことはありません。実は時々あるのですが、充電が切れてしまい、今日は肉声でやっています。
普段はコロナ禍でも一貫してマイクを使用していますが、ただ早朝なので音量は出来うる限り低くしていますが、と答えた。
あー、そうなんですか。何時も、何時もご苦労様です、と応答された。
ところで今日はどちらまでの出張ですか、と私。えー茨城県に行きます、との返事で、ネットアドバイザーの仕事なんですよ、と付言されたので、気を付けていってらっしゃい、と見送った。         
(3月4日・木曜日)

突然の雨の功罪は

今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口なので何時もの様に午前4時過ぎには起床して午前5時前には自宅を出発して駅に向かった。
街宣用具を車から降ろし、設置した後駅前周辺の清掃を終えて、市政レポートの配布を始めようとした午前5時30分、なんと突然雨が降り始めた。
小雨程度の雨ならばそのまま活動を続けるのだが、暫く空模様を伺っていたが一向に雨の勢いは止まらず、更に強く降り出して来た。
通勤客も傘を一斉にさして足速に駅ビルに駆け込んで来る。んー、止むを得ない。本日は中止の決断。
ほんの30分前に設置した街宣用具を撤収して、最寄の駐車場から車を移動させ用具を搬入して自宅に引き返した。
毎日続ける駅立ちには、実に様々な想定外の事が起きるのだが、天気予報は必ず事前に確認しており、その天気予報が“曇り”のマークだったのだが、雨が降って来た。
そんなこともあるのが、天気予報なのだからと妙に納得しながら、午前6時過ぎには自宅に着いた。この時間から午前中は予定外の時間が出来たため、パソコンに向かい積み残していた原稿書きが出来たので、それはそれで結果オーライの朝となった。
(3月8日・月曜日)


受動喫煙を防ぐには、どうすればいい

今朝の駅立ちは北越谷駅東口。午前6時前から市政レポートの配布を開始した。
午前7時30分頃旧知の中年男性から声を掛けられた。
受動喫煙のことで、何時も利用しているゴルフ場で、打ちっぱなしの個別のスペースの脇に灰皿が置いてあり、利用者がたばこを吸うので煙が漂い、健康被害が気になる、との事。
室内の喫煙も法律や条令で制限されるのではないか、と思うが何とか出来ないだろうか、と言う、陳情だった。
そうですね、公共施設等は制限されていますが、営業で室内での喫煙はどうなっているのか調査してみます、と返事した。
(その後、この件を市役所の市民健康課長ささんにお話した。分かりました、実情がどうなっているか調査をしてみます、との返事だった。そのため暫くはその調査結果を待つ様にしている)     
(3月11日・木曜日)

女子高生2人笑顔で市政レポートを受け取り

今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口なので午前5時30分前から活動を開始した。
この駅は市内6駅の東口、西口11か所の中で最も市政レポートの受け取りが多い駅なので、配布チラシが3枚種類となると持参している紙袋が結構な重さになっている。
そのため使い古した紙袋の紐が運び込んでいる時に抜けてしまった。だだ、新型コロナウイルスの影響で、これでまでの配布枚数が2割から3割の減少となっている。
やはり、コロナ禍の影響もありリモートワークに従事する市民が多くなり、通常の通勤はする必要がない事や、時差出勤も増えている。
また深刻な事態になっているが非正規雇用の解雇が全国規模で10万人を超えたと厚労省が先般発表しているので、その該当者もいるだろう。
午前7時過ぎにエスカレーターに乗り込んで来た女子高校が笑顔で手を出して市政レポートを受け取って貰った。こんな事態だからこそ、何故受けとってもらったのか、感想はと聞ける機会が是非欲しい、と思った朝だった。
(3月16日・火曜日)

一心太助の天秤棒_2021年3月-86

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高校入試に向かう、男子中学生と

今朝の駅立ちは、大袋駅西口なので午前5時30分前に、自宅を出て午前6時から市政レポートの配布を開始した。

3月を目前にしているので気温は段々上がって来ており、明るくなるのも午前6時30分頃に変わりつつある。

 午前7時頃少年の一団が三々五々集まって来て、談笑していた。制服姿やスポーツウエアー着で5,6人だ。その内制服着の少年が一団を笑顔で離れながら右手を上げてがんばると言った事に対して、皆ががんばれよ、とエールを送っていた。何をがんばるのだろうと、思いながら市政レポートの配布を続けているところに、身長が1メート80センチもあろうかと思えるスラットした少年が、笑顔で近づいて来て、右手を差し出した。

直ぐに市政レポートを渡しながら、随分大きいけど、高校生?と尋ねた。するといいえ、中学3年生との返事。そう、高校生かと思った。今日は何があるの、と私。今日は高校入試の日です、と。そうか入試なのか、どこを受験するの、と私。春日部東高校です、との返事。そして肘タッチを求められたので当然タッチして、穏やかな日に受験となったのは幸運だから、しっかりがんばって、と送り出した。更にもう一人の少年ともタッチを交わした。どうして進んで市政レポートが欲しかったのか、見事合格した後電車通学だろうから聞く楽しみの機会が与えられた朝となった。

本日から市議会代表質問が始ったが、大きな問題が

この日は、午前10時から3月議会で6会派の代表者による市長や教育長に対する、向こう1年間の市政運営の視点や重点事業に対する、代表質問が始まった。そのため、駅立ちを午前8時30分過ぎに終了して直ちに電車で市議会に向かった。

本会議所では、自民党から順次代表質問がはじまったが、今回から質問時間が1時間と半減となっているため、内容は兎も角全く時間が足りない。何故こんな事態になったのか。

昨年の12月議会での一般質問の質問時間を自民党の動議で採決し、旧来の2時間から1時間に半減させた。更に今月3月議会の代表質問も同じように公明党の動議で2時間から1時間に削減された。(どちらも議員の質問とそれに対する市長等の答弁を合計した時間)

この件の協議は越谷市議会の議会運営委員会で論議されて来たが、これまで市議会の40年来の方法は、出来うる限り全会一致に力点を置き、どうしても各会派の一致が見られない場合は継続審議か議題の打ち切り等で採決を行うことに全会派が配慮、尊重して運営されて来た。

ところが、昨年12議会では意見の一致が見られないとの理由で、採決が行われて一般質問は半減、(自民党、公明党、維新が賛成)今回3月議会も同様に採決が行われて代表質問が2時間から1時間に半減された。(自民党、公明党、維新、刷新クラブが賛成)立て続けに、これまでの運用とは全く異質のしかも僅か数か月で2度の採決を自民党や公明党が提案する異例の事態となった。

特に今回動議を提出して賛成の議決をけん引した公明党の賛成理由は次に様な内容だった。

①般質問が1時間制となったため、代表質問もそれに合わせて1時間とする。

②緊急事態下のコロナ禍対策のため、議会の開催時間を出来うる限り短くする。

③コロナワクチン接種等、執行部の作業、取組の軽減を図る。    

これら3点の理由に私は一切の同意をしない。

その理由は、まず①に対しては、代表質問と一般質問の性格の違いである。

一般質問は市政全般にわたり個々の議員が個々の問題意識でテーマを取り上げて市長や執行部に質問するもので、希望すればどの議員でも資格があるが、議決行為とは一切関係がない。(3月議会では、代表質問のみで、一般質問は出来ないルールになっている)
一方代表質問は、3月議会に限られており市長や教育長の施政方針演説や、当初予算案等に対して会派を代表して質問するもので議案や条例に対しての議決行為に大きな影響を及ぼす。(特に予算特別委員会での審議や議決の前に行われる事から、その質問や答弁を含めて予算特別委員会での質疑、採決に影響する。勿論各会派の代表質問の内容にもよるのだが)
また8人の自民党会派でも1人の維新の会派でも代表して1人が代表して質問するので、6会派で6人と限定されている。従って、一般質問が1時間だから代表質問も1時間でいいとする理由は、会派を代表して質問することを全く理解していと思われる。

第②に対しては、すでにコロナ禍は1年以上にも及び終息を見せていない。

だから人類史上始めての事態に遭遇して市民は勿論、執行部も試行錯誤が続いている。しかも政府の指針は後手、後手の連続となっている。この状況に対して市民の不安や心配、今後の見通し等、多様な民意を反映できるのは議会以外にはない。
何故なら議会こそ立場や意見や思考が違う31人もの議員で構成されており、しかも常に市民と日常的に向き合っているのだから、その民意を公式な場で表していく機会を短くすることは、その民意を限定的にした反映出来ないことになってしまう。

代表質問を短くすることでコロナ対策がとれるのだろうか。

結局市長にお任せ体質が危機の時ほど鮮明になると言う証左でもある。危機時には、公式の議論の場の回避や説明責任を果たさず、中央集権的な政治指針がはばを聞かせる事は歴史的にも検証されており、今回も同様な事態が政治だけでなく、社会のあちこちで表出している。

第③については、②で述べたが市長・執行部も初めての体験となっており、しかも市民の「いのちとくらし」の問題に直結するため緊張感も多いだろう。だからこそ議会からの市長の施策への検証や提言をむしろ聞く場として重要視しているはずだ。たかだか6人で2時間合計12時間をその半分にしたからと言って負担の軽減につながるというのはあまりにも稚拙としか言いようがない。最後に議会運営委員会の役割と任務は、議会の運営のルールを時代や社会の変化に応じて対応して協議、決定して行くことだ。

会派の人数に応じて議運の委員も割り振られおり、言わば議会全体の意思を確認する場でもある。(最も無所属の私は除外されてはいるが)議員や会派、政党の関係性からその理念や政策やイデオロギーを離れ、あくまで議会内のルールを改善、決定して事を目的としている。そのため40数年にわたり議会運営委員会では全会一致をめざし、採決を避けて出来うる限り熟議を旨として歴史を築いて来た。

当然と言えば当然であり、もし多数派が自分たちに有利なルールを多数決で議決することが通例になれば、一切少数派の意見が議会ルールには反映されない事になる。その結果、常に多数派(今回の場合、先の選挙結果で構成された会派、自民党、公明党、維新、刷新の会の多数派)の意向がルールを支配することになる。

これでは民意の多様性が反映する議会の存在その物までも否定することに繋がりかねない危険性をはらんでいる。

重ねて言うが、僅か3か月の中で2回も事実上の強行採決を実行した、自民党や公明党には再度事態の重大性を是非、再認識してもらいたい。 (2月26日・金曜日)

代表質問の問題点は、私の公式ユーチューブチャンネル(約10分)で視聴出来ます。

白川ひでつぐyoutube公式チャンネル  
緊急事態下で進行する議会機能の停止  

一心太助の天秤棒_2021年3月-85

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入札に負けてしまっても、律儀に

今朝の駅立ちは、大袋駅東口で実施したが何時もの様に午前5時30分すぎには駅に到着して、街宣用具の設置を終えて、午前6時前から市政レポートの配布を開始。この時間になると駅前のたばこ店経営のご夫婦がシャッターを開けて、店頭の清掃を始めるため、朝のご挨拶を交わすのが慣例となっている。

 午前7時過ぎに、駅入り口にある駐輪所に駐輪している自転車を整理している男性を見かけた。斜めに駐輪している自転車を一台一台丁寧に真っ直ぐに直していて、暫くその様子を見ていた。その後エスカレーターまで近づいて来られたが、馴染みの男性だったので声を掛けた。随分熱心に自転車を整理されているんですね、と。するといいえ、同業者なので、との返事。えー、どう言うことですか、と私。実はこの自転車パーキングの管理維持は入札なんですが、この三井パーキングに負けたんですよ、うちの会社は、との返事だった。なるほど同業者だったのだが、それでも他社の業務を補完する作業を出勤前にわざわざ行うのは職業柄とはいえ感心する光景だった。  (2月3日・水曜日)

エスカレーターから転げ落ちる

今朝の駅立ちは、大袋駅西口なので、通常通り午前5時30分には自宅を出発したのだが、辺りは真っ暗なうえに、猛烈に寒い。(この寒さが、この日の悲劇を生むのだが)

 午前6時前には駅に到着し早速市政レポートの配布を開始した。

 午前7時30分頃、配布した市政レポートがエスカレーターの手すりの真ん中程に引っかかっているのを発見した。恐らく市政レポートを受け取った市民の方の手から滑りおちたのだろう。急いで下からエスカレーターを昇って行き、一枚の市政レポートを手にとろうとして、つかんだのだが、当然だがエスカレーターは下から上に稼働している。そのため市政レポートをつかんだものの体が半身の状態になっており、どんどん上に自動的に昇っていくため、バランスを崩してそのままゴロンゴロンと落下。寒さの中1時間以上の市政レポートの配布作業で体が硬くなっている上に、市政レポートの束を左手に抱えたまま、更に手袋をしているため片手で手すりを強く握る事が出来ない状態だった。直ぐに起き上がり再度、エスカレーターを駆け足で登り、最上階に散乱する市政レポートを拾い集めていたら、親切な男性の市民の方も一緒に拾い集めて頂き、大丈夫ですかと、声を掛けて頂いた。はい、大丈夫です、と返事をしてお礼を述べた。幸いにして、落ちて行く時間帯には通勤客は誰もいなかったし、市政レポートを拾っている時間にも同じ状態だったので、私以外には誰にも被害が及ぶ事がなかった事に安心した。また、たまたま常時使用しているスピーカーの電池が途中切れてしまい、体に装着していなかったので、壊れる事もなかった。

 生まれて初めてエスカレーターから、落ちたのだが、落下して行く時は、映画でよくあるシーンの様にスローモーションで体が宙に舞って行った。その時は、緊張のせいか体に痛みは感じなかったものの、その日の夕方になって頭にはこぶが出来てはれ上がり、左肩を強打したため、痛みが何と2週間以上も続き、転落の痛手を負う羽目に。人生初めて遭遇した落下事件も、駅立ちの活動中だったので、そんなこともあるさ、と痛みの代償と自分を納得させた。
(2月4日・木曜日) 

バレンタインデーのプレゼント

今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口。午前4時の起床、午前5時前には自宅から妻が運転する車で駅に向かったのが、今朝も体の芯まで凍える様な厳寒の中真っ暗な道を走り、駅到着は午前5時10分頃。街宣用具の荷卸しや設置の後、駅前周辺の清掃作業に取り掛かる。寒さの上に強風が吹き抜ける早朝となった。しかし、何時もの様にこの時間でも疎らだが通勤客はコートやマフラーに身を包み、全員マスクを着用して足早にエスカレーターや階段を昇って行かれる。暗いため、駅ビルの電燈が薄ぼんやりと周辺を照らしている。この時期は午前7時を過ぎないと明るくはならない。

 さあ、「活動開始!」心の中で自分で自分に号令をかけて市政レポート配布を開始。

 この日は、コロナ禍の緊急事態宣言の1ヵ月延長を政府が発表した直後の朝となった。現状の政府の政策では、1ヵ月でコロナが収束するとはとても思えない状況が続いている。また「コロナ禍に鑑み」既存政党の朝の駅立ちは、中止となっているため、自由に全駅での駅立ちを選ぶ事が出来るのは助かってはいるのだが。

 午前7時過ぎ、馴染みの女性からバレンタイインのチョコレートです、と笑顔(何時もそうのなのだが)でプレゼントして頂いた。

 えー、わざわざ私にですか、本当に嬉しいです、とお礼を。(1週間も早く頂いた)ただ、今朝遠くから私を見かけてプレゼントのため購入されて来たのか、日常持ち歩いておられたのかは、不明だが。

いずれにしても、携帯している簡易カイロもあまり効果を発揮出来ない程の寒さの中に、じんわりと心が温まって行く様な感覚に包まれた朝となった。
(2月8日・月曜日)

議員有志の会主催の市政報告会を開催

今朝は昨夜からの猛烈な寒気の中、急ぎの原稿の締め切り日のため、朝の時間帯しか執筆時間が取れないため、止む無く駅立ちを中止した。

 この日は午後7時から、越谷市議会の超党派議員7名で構成する「議員有志の会」が主催する完全オンライン市政報告会を私の事務所を会場に開催した。昨年から続くコロナ禍のため、会場に市民の皆さんに参加して頂く方式での市政報告会の開催を留保して来た。そこで今回は完全オンライン方式による、初めての市政報告会となったので、市民の会場参加は遠慮して頂き、7人の議員がユーチューブで配信に臨み、カメラに向かって12月議会、1月臨時議会、3月議会の争点をそれぞれ分担して説明報告した。

私の発言だけを切り取り、私のユーチューブ公式チャンネルで配信している。

12月議会での一般質問の質問時間を自民党の動議で採決し、旧来の2時間から1時間に半減した事に続き、3月議会の代表質問も同じように公明党の動議で2時間から1時間に削減した異例の問題を取り上げた。コロナ禍で歴史的な事態に市民は困難に直面し、これを行政に反映すべき質問を半減させるとは?
(2月18日・木曜日)

一心太助の天秤棒_2021年1月-84

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真っ暗な中、クリスマスケーキの販売準備が始まる

今朝の駅立ちは、北越谷駅東口なので午前6時前には駅に到着して街宣用具設置のため車から荷卸しをしていた。

まだ、辺りは暗いのだがこの日はクリスマスケーキの販売のため準備が始まっていた。毎年の出来事となっている。

この駅構内のコージーコーナーのお店は、すでに店内に電気が灯り4人の女性店員さんがショーケースを店先に幾つも出して、ケーキや箱を積み上げながら、また店頭デスプレーに従事されていた。無数の段ボール箱や荷車で店頭は溢れている。

赤い布を敷き詰めた机の上には華やかな箱とホールケーキが飾られて、ショーケースには次々とケーキが並べられて行くのだが、今年はコロナ禍の影響で巣ごもりのため、更に売れ行きがいいのだろうか、と思い浮かべながら、駅前清掃の後、市政レポートの配布を始めた。

するともう一軒の喫茶店も昨年同様にケーキ販売の準備のため店員さんが盛んに動き始めた。

例年の風景だが、買い求める市民の楽しみが市内であふれるこの日に、同時に何時もより早く出勤して早朝からかいがいしく働く店員さんが居て実現しているクリスマスでもある。

市政レポートの配布を始めて、1時間がたち午前7時頃にやっと空が明るくなって来たが、やはり身を切るほどの寒さには慣れない。

ただ、午前7時30分頃馴染みの中年男性が笑顔で、市政レポートを受け取りながら四つ折りの1000円札を直接私に手渡して頂いた。

また、「こんな寒いのにご苦労様」と声を掛けて頂く多くの市民の方が2時間30分を超える配布活動を支えて頂いている。

しかし、それでも午前8時30分過ぎに終了して自宅の電気ストーブにしびれきった手足に熱風を送り続けないと、容易には寒さからは逃れられないクリスマスの日となった。

因みに我が家ではこの日ケーキを食べる習慣がなくなって久しい。

       (12月25日・金曜日)

例年通り正月三日の街頭市政報告会からスタート

「新年あけましておめでとうございます。」2021年の幕開けとなった元旦。

昨年からコロナ禍の影響によって社会構造の根本的な転換がより求められている中での年明けとなった。

感染が更に拡大しているので、おめでたいという気持ちには微妙になれない正月だが。

今年も恒例となった正月三か日の市内一円の駅頭での新年街頭市政報告会に取り組んだ。毎年この活動から1年のスタートを切る。

元旦の午後1時から午後3時まで、せんげん台駅東口で今年最初の街頭市政報告会となったが、今回で17年目を迎えた。

ただ、例年は元旦午前9時20分からの越谷市元旦マラソン大会が、越谷市総合体育館前からスタートする開会式に出席し、市民ランナーを送り出した後街宣活動に移行していた。

しかし、今回はコロナ禍のためマラソン大会が中止されたため、本年最初の活動のスタートは街頭市政報告会となったが、17回の中で初めての出来事となった。      

 この日は夜来の寒波とは違って、正月に相応しい晴天の天気となったのだが、せんげん台駅前の人出は昨年よりも少ないものだった。

 例年通り、多くの馴染みの市民の方とお会いして、新年のご挨拶をさせて頂いた。またコロナ禍のためか、ゆっくりと自宅や近所で過ごそうとされているのか、市民の雰囲気はゆったり、ゆっくりとした感じを受けた。

2日も午後1時から、せんげん台駅西口で開始。更にイオンせんげん台店前に移動して午後3時に終了。

3日は、同じく午後1時から新越谷駅東口で正月街宣の締めくくりの行動となり、午後3時過ぎまで実行した。

例年ならば、この後ささやかな新年会を反省会と今年の抱負を語るために開くのだが、本年はコロナ禍のために中止せざるを得なかった。

ただ、毎年車での送迎を担当している妻が今年もともに行動してくれた。街宣終了後自宅に帰り、この日の夕方今年最初のおせち料理を口に運んだ。   (1月、元旦、2日、3日)

緊急事態宣言の発出の翌朝は

今朝の駅立ちは、正月3日間の街宣活動の翌日から通常の朝の駅立ちを1月4日から開始した。

この日午前5時30分過ぎに新越谷駅西口に到着して、街宣用具の設置の後、駅前清掃を何時も様に実施して、市政レポートの配布を始めた。

前日の夕方政府による新型コロナウイルス感染対応のため、1月8日から2月7日までの期間外出や飲食等の自粛が一都三県(埼玉県を含む)の県民に呼びかけられた。

そのため、通勤風景に何らかの変化があるのか、何時もより丹念に市民の表情を追いながら、市政レポートの配布活動を続けた。

しかし、それほどの変化はなく身を切る様な寒さにコートやマフラーで体を包み、そしてマスク着用で通勤する市民の姿があった。

午前7時過ぎに馴染みの中年女性が、新年のあいさつをしながら、私の目のまえを笑顔で通り過ぎて行かれた。

何時もは、市政レポートを必ず受け取って頂いているので、少し当惑したものの急いでおられるのだろう、と気を取り直した。

するとしばらくして、戻って来られて、駅前のパン屋で購入されたパンを差し入れに頂いた。(このパン店は早朝から開店している)「ここのパン屋のパンはすごく美味しいの。出来上がったばかりのパンで温か。そうか直ぐには食べられないねー」と話された。

いいえ、ありがとうございます。何時も、何時もありがとうございます。健康に気を付けてお仕事して下さい」と応答した。

その後自宅でゆっくりと食べたが、申し分なく美味しかった。  
 (1月8日 金曜日)

正月街宣を見ました

今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口。午前4時過ぎには起床して身支度を整え午前5時前には自宅を出て駅に到着。直ぐに駅前で街宣用具設置、駅前清掃が終わって市政レポート配布開始は、午前5時30分前となった。

毎回同じ様な、一連の流れをなっているが、この時期は寒さとの闘いが加わる。

午前6時過ぎ、毎日せんげん台駅の東口と西口周辺の清掃を熱心に取り組んでおられる高齢男性と新年のあいさつを交わした。

すると、「正月街宣をやっておられましたね」と付言された。「はい、一年の活動の始まりで毎年やっています」と応答した。

例年よりも更に市民の姿が少なく感じていた正月の行動だったが、見ている市民が必ずおられることに元気を頂いた。

その後この日常連で毎回カンパを頂く市民を始め、パンやおにぎり、缶コーヒー等の差し入れに4人もの市民の方から頂いた。

(1月14日 木曜日)

一心太助の天秤棒_2021年1月-83

PDFファイル⇒ 一心太助の天秤棒NO83号.pdf

12月議会での質疑は市長提出の4議案に

 午前4時30分頃には起床して身支度を整え、検温をして議会事務局に健康状態の報告書をメールで送信した。コロナ対策のため、議会開催中は毎日自宅で検温して体調のチェック表を報告するのが日課となっている。
今朝の駅立ちは、大袋駅東口に何時もの様に午前5時30分過ぎに到着して街宣用具を荷卸してから設置を終え、午前6時前から開始。
 自宅を出る5時過ぎには辺りは真っ暗で、寒さも厳しく、コロナ禍も全く収まらない事態が続いている。今日は、12月議会の約20日間の会期の最終日となった。
 そのため、午前8時50分には迎えに来た妻の車に街宣用具を積み込み、駅立ちを終了して直ぐに電車に飛び乗り越谷駅に向かった。
そして市役所近くにあるパン屋でパンを購入して会派控え室へ。午前10時から議会開始なので慌ただしく口に放り込んで本議場に。
コロナ対策のため、議会の日程が通常とは大幅に変更されており、6月議会から続いているのだが、前半に議決行為(議案に対する質疑や討論や採決等)を優先して実施し、後半に一般質問を行う様になった。
私は元々議案の議決等は最も基本的な議会の責任であり、最優先事項のため議会前半での日程を求めていたので、コロナ禍が図らずもそれを実現した形になった。
しかし、依然として一般質問花形論が抜け切れていない状況がある。それは一般質問とは市政全般にわたり様々なテーマを希望する個々の議員が個々の問題意識で取り上げ、市長や教育長等に質問するもので、当然だが全議員で議決することはない。つまり議会の最優先の責任からすれば、議案や条例を決定する議決行為とは程遠いものだ。
それでは何故花形の意識が抜けないのか。それは本会議場で市長や教育長を相手に議員独自のテーマを独自に展開できる自己アピール(?)の場となるからであろう。
勿論だからと言って一般質問に効果がないわけではない。それは市長のマニフェストの進捗状況や総合振興計画の実現等の検証をすることが出来る。またチームを組んで波状的に執行部の見解や改善策を提示することも可能となる。ただ、あくまで答弁するのは市長であり、しかも32分の一に過ない一議員への対応であり、一般質問で指摘した問題点や改善点を実行するかしないかは、全ての市長次第となる。
最もこの一般質問の時間はこれまで数十年に渡り2時間制だったのだが、自民党、公明党、維新等が議会運営委員会での異例の動議提案によって一挙に半分の1時間制に今議会から激変した。
議会運営委員会での協議には、私は委員資格がないため出席が出来ないため、出来うる限り傍聴をしている。自民党や公明党の議員は質問時間を一時間にすれば市民が傍聴に来やすくなるというのが短縮の主な理由のようだ。
ところが、一般質問が1時間制で開始された12月15日(一日5人と限定)には予定された午後4時30分を1時間も早く3時30分には5人全員の質問が終了してしまった。それは1時間どころか30分程で質問を終了する議員が相次いだからだ。これでは事前に市民に予告して個々の議員の質問時間が分かっていてもあまり意味のない結果となってしまった。
一体自民党や公明党や維新の議員はこの事態を市民にどの様に説明するのだろうか。
勿論質問時間は個々の議員の独自裁量であり、何分になっても何ら問題はないのだが。
一方、全議員による議決事項は例え市長の意向とは違っていても、一旦議決されれば市長はこれを実行する義務を負う事になる。
そのため本会場での議案質疑や各常任委員会での集中審査や議決が重要であり、また多様な立場の議員が多様な視点での質疑や討論こそが議会の醍醐味と言いっても言い過ぎではない。
従って、今回も私は市長提出議案の中で4議案について本会場で質疑をしている。
詳しくは、私のユーチューブの公式チャンネルで解説入りで配信しているので是非視聴して欲しい。       (12月18日・金)

毎回ぶつかるまで直進して来る男性

今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口なので午前4時には起床して5時過ぎには駅に到着。街宣用具の設置の後、何時もの様に駅前周辺を清掃して市政レポートの配布を開始した。
この時間には、まだ駅ビルの蛍光灯は光を放っており真っ暗な中、通勤客がマスクとマフラーやコートに身を包みエスカレーターや階段を昇っていかれる。午前7時過ぎに馴染みの中年男性が、街宣用の机の上にあるカンパ箱にカンパを入れている姿が見えたため、市政レポートを渡す時に、朝のあいさつと共に「何時もありがとうございます」とお礼を言った。
すると少し表情が硬くなり(そのように見えたのだが)「いいえ、今回が初めてです(カンパが)」と返事をされた。私はカンパのことだけを言ったのではなく、何時も市政レポートを読んで頂いてありがとうございます、との意味を含めていた。
後程、確認したら2000円もカンパ箱に入っており、折角の心遣いになんだか水を差した様な気持ちにもなった。
午後7時30分頃制服姿の高齢のガードマンの方が仕事仲間と待ち合わせのようで、盛んにスマホで連絡をとっておられていたが、なかなか落ち合う事が出来ず暫く駅ビルに待っておられた。そしてスタンドに設置してある市政レポートを指さし「これ貰っていいですか」と尋ねられたので「どうぞ、お持ちください」と応じた。市政レポート2種類を開いて読んだ後、バックに収納された。そんな中市政レポートの配布は続いていたが、手にしたスマホだけを見ながら私の方に見向きもせず真っ直ぐに歩いて来る30代前半のサラリーマンが今日も同じ
行動を。何時も定位置に立っている私にぶつかって来る。
当然鉢合わせになろうとするので、身を斜めにして交わそうとするが、毎回体が衝突してしまう。その度事に「危ないじゃないですか、何故ぶつかって来るのですか」と声をかけるが一度も返事はないし、ないどころかそれでもスマホを見ながら階段を昇って行かれる。
直進している自分の邪魔をするなとでも、言いたいのか、不満一杯だがはけ口がないのか、今の若者のやりきれない気持ちの精一杯の表現なのか、返事をして頂ければ話をしたいのだが。          (12月22日・火)

また“うるせぇんーだよう”と捨て台詞が

今朝の駅立ちは、大袋駅西口だったので、午前6時前から市政レポートの配布を開始したが、この駅の通勤客は比較的ゆっくり歩いて来て、エレベーターや階段を昇って行かれる市民が多い。そのためか、市政レポートを毎回受け取って頂く市民の方へ「おはようございます。気を付けて行ってらっしゃい」と何時も声を掛けている。そして今日は年内ではこの駅では最後の駅立ちとなったため「一年間お世話になりました。良いお年を迎えて下さい」と付言。
 勿論市政レポートなど見向きもせずに通過して行く市民も多いのだが、言葉で挨拶をして頂く市民や少し頭を下げ目線で挨拶をして頂く市民の方も多い。中には来年千葉工業大学に入学予定の女子高校生は何時も笑顔で「あはようございます」と声をかけてくれる。
 午前7時30分頃私の前を通り過ぎて、エレベーターの入り口に来た途端に「うるせぇーだよう」とジャンバー姿の50代の男性が私の顔も見ずに吐き捨てる様にどなった。
 そのためエレベーターの後ろ姿に向けて私は「今何と言われたのですか、あなた、あなたですよ」と3回も姿が消えるまで声を掛け続けたが、返事どころから振り向きもされなかった。
 コロナ禍で増々格差と貧困が広がり、不信と分断に社会が覆われている。やり場のない不満が、誰も自己を承認してもらえない孤立感が、私を対象にぶつけられたのだろうか。そんなことで解消出来るのなら、それも受け止めるのだが、それで満足できるとは思えない。今日はクリスマスイブなのに。  (12月24日・木)